「IDIRA(Interoperability of data and procedures in large-scale multinational disaster response actions)」は、欧州連合(EU)の政策執行機関である欧州委員会(European Commission)が推進する研究プロジェクト。大規模災害に対応するデータの相互運用性(interoperability)や緊急時の措置(emergency procedures)にフォーカスする18パートナーが参加。複数の国および組織が合同で行う災害対策活動をより効率化する新しい能力の開発を目指し、欧州域内の実情に即したシナリオのトレーニングを通して、技術的なフレームワークや、定着し配備可能かつ機動性のあるコンポーネントを開発・試験しようと、4年間(2011−2015年)にわたる活動が進行中だ。

 IDIRAにおいては、人々をどのように避難させられるか、避難プロセスをどのように計画するか、災害を通じて幅広く使用できるツールをどう確保できるか、が求められた。そこで同氏らは、洪水や地震、火災など大規模な都市災害向けの計画づくりで使えるツールセットの一部として選ばれたEXODUSのハイブリッドバージョンを利用し、より有効な手法の構築に注力。これまでに、大規模災害の中での人々の動きをモデル化する前段として、Google MapsやOpenStreetMapとEXODUSを連携、広大な空間の幾何学的形状(geometry)をシミュレーションの環境に反映できる機能を開発している。

 その具体例として、近年洪水に襲われたドイツの都市の一部地域におけるモデル化の試みを示す。まず、幾何学的形状をプレモデル(premodel)し、洪水で崩壊した橋梁や利用不能になった道路を再現。災害時に最初の対応者となる現地の人たちはそれらを、WiFi対応機器(WiFi enabled divice)を使いながら正確な位置とともに確認する。一方、道路ネットワークの最新情報はGeoServerに蓄積。それを基に、必要に応じてEXODUSの幾何学的形状を修正。さらに、避難の能力は再計算され、シミュレーションに反映される。

 この仕組みにより災害がもたらす影響を随時、的確に予測。それをアクセス制限や救援活動に活用することで、災害被害の軽減に繋がる。そうした観点から、同氏は大規模空間でのEXODUSの適用可能性、そのためのハイブリッドバージョンへの展開に期待を述べる。
 そうした対象になり得る事例として、同氏は過去に既存のEXODUSを用いて取り組んだ中から、ロンドンのトラファルガー広場(Trafalgar Square)とロンドンマラソン(London Marathon)のスタート地点周辺のモデル化を挙げる。前者は大みそかなど多くの人が集まる機会があり、後者は参加ランナーに加えて多くの観客もいる。そのような環境下で、もしもテロなどの事件が起きたらどういう状況が生じるか、あるいはそこからどのように人々を避難させられるか、それぞれモデル化(前者は12万5000人、後者は5万人の人を設定)してシミュレーションや可視化を行ってきた。

 これらと関連し、同氏らが最近手がけたもう一つの例は、2010年にドイツ・デュイスブルグ(Duisburg)のラブパレード(Love Parade)で起きた死傷事故のモデル化。この音楽イベントには140万の人々が集まったとされ、群集の殺到(crowd crush)により21人が亡くなり、500人が負傷した。

 同氏らはまず、事故に至る過程が撮影されたCCTVの映像(footage)を基に事故発生前後1時間の間に行き来した人の数をカウント。パレード会場の時間毎の流量(flow rate)など避難シミュレーションのための初期条件を得た。

 次いで、その広大なエリアに及ぶ空間をモデル化し、人々が地下トンネルの上を渡り東西方向からやってきて、入口近くのスロープ(ramp)を通り、パレード会場に入ってくる流れと事故に至る経緯をEXODUSでシミュレート。そこでは、群集の発達を懸念した警察が東西のアプローチからの人々の出入りを抑制するため交通遮断線(cordon)を設置。やがてそれらが陸続と詰めかける人々によって破られ、それらの箇所からの流入により人の密度が高まってきたのを受け、警察がやむなく交通遮断線を解除したことで事故発生の一因になる、といった群集行動(crowd behavior)やメカニズムが再現されている。

 同氏はこのシミュレーション結果から、EXODUSを用いる方法により、群集の殺到を引き起こしそうな状況の条件を確認(identify)できると位置付ける。

 一方、そのような惨事の予測もさることながら、それを未然に防ぐことも重要だ。その意味で、事故の起こった背景には同一スロープ上に会場へ出入りする両方向の人の流れ(bidirectional flow)があり、それが多くの人により狭い空間内で逆流(counter flows)を生じるなど混乱したことがある。それならば、メインのスロープを入場用、もう一つのスロープを退出用と、それぞれ片方向専用にする対処の仕方もあるが、大量の人を捌くためには効率的とは言えない。

 そこで、入口近くのトンネルとメインのスロープを分割し、それぞれ両方向の通行が可能なよう新たにレイアウト。スロープは3レーンとし、両端の2レーンを入場用、中央の1レーンを退出用に設定することで、交差あるいは対面する流れを排除するアプローチを提案した。

 その上で、これに前述の初期条件を加えてモデル化し、自らのレイアウト案が状況をどう改善できるかシミュレート。その結果、逆流を発生せず、円滑な流れを得られるばかりでなく、人の数を60%増やしても事故のような群集の殺到には発展しないことを確認した。

 この取り組みを通じ、同氏は安全性や効率性はもちろん、快適性の面からも大規模な群集が存在する状況の設計を支援するモデリングツールの可能性に注目する。

 さらに特殊な例としては、建設段階の石油精油プラント(oil refinery plant)について行ったモデリングがある。これは、約1.3kmX1.2kmの広大な敷地に1,000人の作業員が配置されている中で、有毒ガスが発生するシーンを想定。各作業員は自ら酸素供給源(oxygen supply)を運ぶため、30分以内に避難を終える必要がある。そこで、いかにこのプラントから全員を短時間かつ安全に避難させるプロセスを設計するかが求められた。

 同氏らはまず、広大なエリアをモデル化。所定のエリアに多数のバスを待機させ、全作業員がそれぞれの場所から時間内にそこへ集合し、バスに乗車できるためのレイアウトや手順を検討。併せて、各バスには乗車を円滑にする狙いから、予め乗車口をそれぞれ2ヵ所確保するなど手配。シミュレーションを通じ、要求を満たす避難が可能な成果を得るに至ったという。
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■ IDIRAでの取り組みとHybrid EXODUSへの期待

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